タイトルから汚い話でもうしわけない
前の記事で自分とか、ないから。教養としての東洋哲学を読みまして。記事↓よかったら読んでみてネ

その影響なのか今読んでいるのがコレ

わたしはどこにいこうとしているのか…旦那さんにも「出家すんの?」っていわれた
ハマるとそればっか考えるところがあるから、ジブリと禅とかまったく関係ないからおもしろいのか?とおもってよんだら禅って身近なのねってなった
自分とか、ないから。の本のなかでも同じようなことをいっててまぁ神様とかの話しだからそりゃ出てくるんだけど(笑)
禅とジブリの本の中で
禅のすべては「着て」「食べて」「出して」「寝る」。ああその通りだなと。
引用元:禅とジブリ・著者鈴木敏夫
横田南嶺老師
人間の三大欲求は、食欲・睡眠・性欲。っていわれているけど、小学校?だったか、姉がいきなり「ハチ子!人間の三大欲求ってなにかしってる?」と聞いてきたから、この3つをいったら「性欲は違うんだよ。」っていってきた
言いたいことがわからなくて、頭に???をいっぱいだしていたら、「性欲じゃなくて…便意なんだよ!!」と…
真顔でまじめに…便意と気づくまでの数秒…この便意であっているのか仏教での違うベンイなのか悩んでいたら、「出すやつ!〇んこさんのこと!!」とはしゃぐお姉さま
わたしもそれでゲラゲラ笑ったから小学校だったのかな?〇んこさんなんて神様がそんな汚いことってなったのをおぼえてる。姉はそんなわたしの反応に満足したように、本で読んだのかその便意だということの説明を聞かせてくれた
姉はわたしの7歳上で、わたしが小学校2年生だとしたら姉は中学生か高校生になるから姉の話はだいぶ刺激的というか勉強になることが多かったけど真面目に聞いたことは1回もない💧
でもこの〇んこさんの話しは、ミョーにおもしろいのとたしかにとなっとくしたから今でもずーっと覚えてた
姉がいうには、食欲は人間食べていかないと生きていけないけど、朝にご飯を食べなくても死なない。睡眠も1日ぐらい寝なくても死なない。性欲もなくても死んだりしない。
だけど〇んこさんは…問答無用で我慢したら漏らすってそれも死なないのでは?とおもったんやけども、姉はつづける
「肛門にふたされたどう?」
「アイツらは無理やりでてこようとするよ?」
「さけちゃうよ?いたいよ?」
「だからって我慢できる?あの便意を我慢する感覚はなにものにもかえがたい!!」
白熱の〇んこさん論…あまりの熱に…姉よ昔もらしたんか?…疑問があったけどそこは聞かなかった
それをいったら口をふさいだら食べられないとか寝なかったら病んでしまうんだけど、ようは1回や2回食べなくても大丈夫だけど、〇んこさんにかんしては我慢なんてできないってことがいいたかったみたい
それをきいてわたしもたしかに便意は、三大欲求の1つになってもいいかもってなった
それから今になって便意と生きることって違うことだとおもっていたけど、シンプルに欲求に従っているのは食欲・睡眠・便意からで生きるってこのシンプルなことからできてるとおもった。性欲も欲求には入るけど相手がいなくても、問題なかったりする。行為中に特大の便意がきたら、出す?出せるのか?
相手が好むかどうかわからないのにそんなことできん…好まれても困るんやけど
便意はどんなときでも我慢のしようがない
禅とジブリを読んで、神様の教えって生きている人にむけられてることに今さらながら知ったっていう(笑)
お坊さんやお寺とか神社は小さい時にもいっていたけど、拝むってことが死んだ人を供養するってことだとおもっていたから死の世界のほうが近いんだとばかりおもってた
本のなかのお坊さんたちは普通のことばで普通の生活のなかでの生きづらさやどうすれば自分の気持ちがおだやかにできるかを語っている。それがジブリで例えられるからわかりやすいし、鈴木敏夫さんの経験も踏まえてはなしているのが興味深い(宮崎駿さんとのエピソードも話していておもしろい。)
お坊さんも人であってジブリが好きで育ったて聞くとあたりまえだけど人なんだってなんか安心した。それに敬語ではなく普通の口調で書かれているから親近感がわいて読みやすい
京都の嵐山にある華厳寺。通称鈴虫寺っていって1年を通して鈴虫の音色が聞けるからそうよばれている。ただしくは妙徳山 華厳寺
わらじをはいたお地蔵さま(幸福地蔵)が願い事を1つ叶えてくれるといった有名なお寺で、ご住職が話す”鈴虫説法”がめちゃめちゃおもしろいのを思い出した
はじめていったのは22歳のときで、願い事を叶えてくれるお守りが欲しくていったんだけど、どうもその説法をきかないと買えないと…正直にいいますとなんで?そんなお坊さんの堅苦しい話をきかないといけないのかとおもいつついきましたよ
座席に案内されてお菓子とお茶が用意されていて、お坊さんが入ってきていざ話はじめたら爆笑wwなぁに~これ~?!とおもしろかったのを覚えてる内容はわすれちゃったけど、お坊さんがそんなこといっていいのとおもいながら聞いてて内心衝撃…お坊さんといっても堅苦しい人ばかりじゃないし人の思いこみっていけないなぁ~なんて反省した
もし聞いたことがない人がいたら、鈴虫寺にいってみてほしい…お坊さんによってばらつきはあるんだけど、話しがうまい人にあたると下手な芸人さんよりもおもしろい(笑)それに勉強になるそこはやっぱり仏のおしえだなぁーと
本でもBzの好きなお坊さんの話とかしてて音楽きくん?!とか失礼やけどそんなことにびっくりしながら鈴虫寺の説法を思い出した
本のなかで”今”について話しているんだけど、今にこだわることはわるいことではないむしろ今を大事にできないで先は見えない。たしかに先のわからないものより今を大事に懸命に生きることのほうが先につながるっておもうようになった
〇んこさんなんてまさに今出さないでいつ出すっていうんですか…今しかない
40代にもなると先が不安で先をどうにかしようともがいて気づけば今を楽しめばよかったといつも年末に反省会をしている
悟りってわかったようでわからないものだからお坊さんもいつまでも修行だったりそれを追求している人たちだからそんなプロの人たちでも悩み・闘い(自分と)・葛藤しているんだからそっとやちょっとではわかんないにきまっている
それにおばあちゃんが神様を拝んだり毎日お供え物をしているのを見ていて、縁起が悪いけど死期が近いからそうしているんだとおもっていたけど、じつは歳をかさねて自分が心豊かに生きていくためにはどうしたらいいかのフェーズに入ったからだったのかなとおもっている
わたしも40代になって(まだ40代だけど)、死とか老後とか暗いことばかり考えてしまって自分の人生について前向きになれないでいたけど、神様のおしえはおもったほど堅苦しくないしむしろクソして寝たらいいっていう(笑)
悩むなら、今なにに集中したらいいのかってことに悩んだ方がいい。過去はどうやっても変えられない後悔しているなら今。未来も今からではわからないからいいものにしたいなら今。
便意も今…そう考えたら便意って深いなぁ~ってあのとき姉は悟っていたんだ〇んこさんは人生だって…わかるようでわからない…やっぱり深いよ〇んこさって
おまえ何いってんねん!ってなった人へ…大丈夫わたしもよくわかってないから(笑)

