ニートだった自分が誰かを救った話

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仕事がおわって家に帰ると保育所時代の友達のおかあさんが、母に会いに来ていた

卒園しても母とは仲良くしていて

それでも何十年振り?って感じでまだ付き合いがあったのかとおもった

夕飯がおわって母に

「ハチ子ニートのときどんな気持ちだった?」と聞かれた

○○ちゃんが最近ひきこもり気味になっていて、なんて声をかけてあげたらいいのかわからないと

相談にきていたらしい

内心わたしに聞く?っておもった

「なんでわたしに聞くの?自分がしたことそのまま話たらいいんじゃない?」と答えた

友達をMちゃんとして、Mちゃんは部屋にこもったままで話もできないみたい

わたしがニートの時グータラではあったけど、親とは毎日しゃべっていたし

こもってもいいけど夕飯だけはみんなで食べるていうルールがあった

Mちゃんは本格的なニートの初期段階で

気づかいしすぎて悪化するのを怖がっていたらしい

母:「あんた明るいニートやったやん」

明るいニートってなんやねん!w

そもそもわたしは1人部屋がなかっただけで、貝になってこもることさえできんかっただけの話なのよ

あわよくば働いたら負けっていう名言にあやかろうとした

ただのクソヤローなだけなのよ

だから、Mちゃんみたいになにか心に傷をおってとかではないから

わたしみたいなポンコツヤローが言えた立場ではござらんのだよ母上!

それでもうちのおかあさんは真剣に聞いてきたんさ

まぁさ、わたしもニートの先輩としていえるのは(ぜんぜんかっこよくない)

外に出られない自分を責めているのは自分だから、見守ることしかできないってこと

Mちゃんにかんしては、しっかりしていて勉強もできる子でお兄ちゃんが頭のいい大学にいったことで

自分も目指したけど無理だったみたいで

仕事をするもそれも思ったようにいかなかったみたいで自信をなくしていったんだとか

Mちゃんのおかあさんは、兄妹をくらべたことなんて1度もなかったけど

お兄さんが大学を受かったとき、親戚や友達からのお祝いがすごかったみたいで

それまでMちゃんのほうが目立っていたこともあって

お兄さんができたんだから、Mちゃんはできて当たり前みたいな空気感になって

言葉で言われなくても、そーいうのって肌で感じるやん(島田紳助?)

それがだんだんプレッシャーになって、できない自分って勝手に思い込むようになったんだろうというのがわたしの考え

それにMちゃんの家はあまり裕福ではなかったので、お兄さんの学費が大変だったみたいで

Mちゃんはそれもわかっていて勉強をあきらめて仕事をすることを選んだもののうまくいかなかったっていう

わたしが出した意見は

今は本人のしたいようにさせてあげること

それと家族がちゃんと側にいるってことを知ってもらうために

夕飯はかならずいっしょに食べる

それを伝えた

Mちゃんはサボったりする子じゃなかったから、自分から動くのを待っていたら大丈夫ってわたしは信じてた

わたしはポンコツだったから、顔をあわせたら父と

「早く仕事しろー!!」といわれて、それに言い返してよくケンカしてたw

自分でもニートのときは、できない自分が情けなくて恥ずかしかったし

みんなができることができない自分が嫌いだった

それからしばらくたってから、母からMちゃんが仕事をみつけてはたらき出したと聞いた

「ハチ子のおかげやで」

といわれたとき、ちょっとだけ自分も役にたてたことがうれしかった

ちなみにわたしがニートを脱出できたのは

ピアスが耳にうまったからw

仮止めしていたピアスの丸い部分が耳たぶのなかに入ってしまいパニック!!

病院へいこうにもお金がない!

こんなささいなことでも病院いけないって終わってるやん

それがたしか夜で次の日の朝に仕事みつけて面接いって働けるようになった

ピアスは面接の日にポロっと取れた

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